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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)3675号 判決

原告

久保早苗

ほか二名

被告

前田利幸

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは各自、原告久保早苗に対し金三一二五万五一〇五円、原告久保弥生に対し金一五六二万七五五二円、原告久保聡之に対し金一五六二万七五五二円及びこれらに対する平成八年四月七日から支払済みまで年五分の割合による各金員を各支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告らが、被告らに対し、原告らの被相続人である亡久保庄行が交通事故により死亡し、損害を受けたと主張し、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠(弁論の全趣旨)上明らかに認められる事実

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 平成八年四月六日午後一一時二五分ころ

(二) 場所 大阪市都島区都島中通一丁目七番九号先交差点

(三) 加害車両 普通乗用自動車(なにわ三三み三四〇)

運転者 被告前田利幸(以下「被告利幸」という。)

(四) 被害車両 足踏み式自転車

運転者 亡久保庄行(以下「亡久保」という。)

(五) 事故態様 加害車両が交差点を直進したところ、右から横断してきた被害車両と衝突した。

2  死亡

亡久保は、本件事故により、肝挫傷、胸骨、肋骨多発骨折などの傷害を負い、平成八年四月七日死亡した。

3  相続

原告久保早苗は、亡久保の妻、原告久保弥生と原告久保聡之は、亡久保の子である。法定相続分は、原告久保早苗が二分の一、原告久保弥生と原告久保聡之はそれぞれ四分の一である。

三  原告らの主張の要旨

1  責任原因

被告利幸は、交差点に進入するときには、前方を注視し、信号機に従って進行すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、左方を脇見するなどして右方をよく見ないで、かつ、対面信号が赤信号であるのに交差点に進入した過失により、青信号に従って交差点を横断していた被害車両に加害車両を衝突させた。したがって、民法七〇九条に基づき、原告らに対し、損害賠償義務を負う。

被告前田和幸(以下「被告和幸」という。)は、加害車両の所有者であり、自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告らに対し、損害賠償義務を負う。

2  損害

(一) 死亡慰謝料 二八〇〇万円

(二) 逸失利益 五八三一万〇二一一円

亡久保の本件事故が発生する前年度(平成七年度)の申告所得は六六〇万円であるが、実際には申告所得及び平均賃金を上回る所得があり、今後も平均賃金相当額を得られる蓋然性があるから、平均賃金を基礎収入とすべきである。

(三) 葬儀費用 三〇四万〇六二八円

(四) 墓石代、墓地永代借地料、仏壇代 三五四万四五〇〇円

(五) 治療費 一二〇万一一一〇円

(六) 文書料 三五〇〇円

(七) 入院雑費 二〇〇〇円

(八) 傷害慰謝料 七九万八八八〇円

(九) 既払分 三〇〇〇万円

(一〇) 弁護士費用 五〇〇万円

3  一部請求

原告らそれぞれは、被告ら各自に対し、損害額から既払分を控除した金額に、弁護士費用を加えた金額の内金六二五一万〇二一一円について、法定相続分の割合に従い、前記請求のとおり支払を求める。

四  被告らの主張の要旨

1  免責と過失相殺

加害車両は、対面信号が青信号であったから、これに従い、交差点に進入したが、被害車両が対面信号が赤信号であるにもかかわらず、交差点を横断してきたため、被害車両と衝突した。したがって、被告利幸には過失はないし、仮に過失があるとしても、大幅な過失相殺をすべきである。

被告和幸は、加害車両の所有者でない。

2  逸失利益

亡久保は、本件事故前、有限会社全永紙業の代表者として年間四二〇万円の役員報酬を得ており、役員報酬は労働対価の性質を有していないから、逸失利益があるとはいえない。また、亡久保が平均賃金を得られた蓋然性はないから、平均賃金を基礎収入とすべきではない。

五  中心的な争点

1  免責と過失相殺

2  逸失利益

第三判断

一  免責と過失相殺

1  被告利幸に過失があるかどうかを検討すると、証拠(検甲一ないし一〇、乙一ないし五、七、八、被告利幸の供述、弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故は、平成八年四月六日午後一一時二五分ころ発生したが、大阪府都島警察署司法巡査は、同日午後一一時四五分から同月七日午前一時一〇分までの間(天候雨)、本件事故現場において、被告利幸が立ち会って、実況見分をした。(別紙図面1参照)

本件事故現場の概況は、一般的状況は市街地であり、歩車道の区分がなく、やや明るく、前方の見通しはよいが、左右の見通しは悪い。道路状況は、アスファルト舗装され、平たんであり、路面は湿潤の状態であり、規制速度は時速三〇キロメートルである。

また、被告利幸は、次の内容の指示説明をした。

被告利幸は、南東方向に向かって進行中、本件事故が発生した交差点の手前約三六・四メートルの地点で、対面信号が青信号であるのを確認した。交差点の手前約一八・八メートルの地点で左方を見たが、そこから約一八・八メートル進んで横断歩道上に進行したとき、右前方約三・三メートルの地点に右から左に横断中の被害車両を発見し、ブレーキを踏んだ。しかし、加害車両は約三・二メートル進み、加害車両の右前部と被害車両が衝突し、加害車両はさらに約一三・一メートル進んで停止し、被害車両は衝突地点から約四・九メートル先に転倒し、亡久保は衝突地点から約五・七メートル先に転倒した。

なお、付近に亡久保が所持していた傘があり、開いた状態で、一部の骨が折れていた。

(二) 大阪府都島警察署司法巡査は、平成八年四月九日(本件事故が発生してから三日後)午後二時から同日午後三時一〇分までの間(天候晴れ)、本件事故現場において、目撃者森田喜平(瓦職人、三七歳)が立ち会って、実況見分をした。(別紙図面2参照)

森田は、次の内容の指示説明をした。

本件事故が発生した交差点の北東約三四・三メートル先を歩行していたところ、音を聞いたので、前を見ると、交差点を車が南東に進行し、交差点内(約三六・七メートル先)に人が倒れているのが見えた。このとき、北東方向の道路の車両用の対面信号(被害車両の対面信号)は赤信号であった。交差点まで約二八・三メートル移動すると、交差点内に被害車両と傘が見えた。その場で、一一〇番通報したところ、前記信号が青信号に変わった。

(三) 被告利幸は、本件第八回口頭弁論期日の被告利幸尋問期日において、次の内容の供述をした。

被告利幸は、勤務先がある四條畷から、アルバイト先がある肥後橋に向かおうとし、時速約四〇キロメートルで加害車両を進行させ、本件事故が発生した交差点にさしかかった。本件事故が発生した経過については、実況見分のときに、警察官に対し指示説明したとおりであるが、本件事故当時は雨が降っていたし、亡久保は、傘をさし、前かがみになり、目線を下にした感じで被害車両を運転していた。

本件事故発生後は、停止した加害車両を空地に移動させ、倒れている人に駆けつけた。その近くで男性が携帯電話で電話をしていたので、警察か救急車に連絡をしてくれていると思い、自分は連絡をしないで、倒れている人の応急処置をした。本件事故後、その男性とは話をしていないし、会ってもいない。

(四) 本件事故現場の状況は次のとおりである。

加害車両が進行する道路の左方は、本件事故現場の交差点に入る手前まで、工事のため、高さ約三メートルの万能塀がある。したがって、左方の視界は、万能塀によって遮られる。

これに対し、加害車両が進行する道路の右方は、ガードレールが二重にあり、その間にゼブラゾーンがあり、さらにその右方が対向車線である。したがって、右方の見通しはよくないが、見通すことができないことはない。

また、目撃者森田が音を聞いた地点から交差点までの間(約三四・三メートル)は、北東方向に、幅約二・八メートルの仮設歩道と、幅約四・六メートルの一方通行道路がある。歩道及び道路には、工事中のため、高さ約一・二ないし一・八メートルのネットフェンスが設置されているが、このネットフェンスは、下部部分を除くと、目の粗いネットになっていて、視界が妨げられることはない。したがって、目撃者森田が音を聞いた地点から本件事故現場の交差点を見ることは可能である。

2  これらを検討すると、被告利幸の供述は、本件事故直後からずっと一貫しているし、それ自体、特に不自然や不合理なところはない。また、森田の指示説明も、具体的な内容であり(被害車両の対面信号を二回確認している。)、特に不自然や不合理なところはないし、本件事故現場の状況とも一致している。さらに、これらの証拠に矛盾する証拠はない。

そうすると、被告利幸は、対面信号が青信号であったので、これに従って交差点に進入し、亡久保は、対面信号が赤信号であるにもかかわらず、交差点に進入したと認めることが相当である。

3  これに対し、原告らは、まず、被告利幸は対面信号を見ておらず、その供述は信用性がない旨の主張をする。しかし、この主張を裏付ける証拠がないし、前記のとおり、被告利幸の供述には、特に不自然や不合理なところはない。

また、原告らは、森田の指示説明は信用することができないと主張し、その理由を次のとおり述べる。すなわち、森田は音を聞いて前を見たのに、音が発生した衝突地点ではなく、人が倒れた地点を見ているのはおかしいとか、森田が音を聞いた地点から交差点を見通すことは困難であるとか、森田は人が倒れているところと信号を見ているが、これらを同時に見るのはおかしいなどと述べる。さらに、仮に森田の指示説明を前提とするにしても、森田はしばらく時間がたってから信号を見たはずであるから、亡久保が横断していたときは、その対面信号は青信号であった旨の主張をする。

しかし、前記認定のとおり、森田が音を聞いた地点から交差点を見ることは可能である。また、森田は、音を聞いたので、前を見ると、車が通過し、人が倒れているのが見え、このとき北東道路の対面信号は赤信号であったと説明しているのであるから、これを素直に読めば、音を聞いてから交差点を見渡し、時間をおかずに人が倒れているところと信号を見たと説明していると理解することができる。そして、森田のこれらの行動は何ら不自然または不合理ではない。さらに、森田は時間がたってから信号を見たということもできない。

4  ところで、被告利幸の過失について検討する。

前記認定によれば、確かに、そもそも交差点の右方の見通しが悪く、本件事故発生時は、夜間で、雨が降り、視界の確保も困難であったと認められる。しかし、そうとはいえ、右方を見通すことはできたのであるから、右方から進行する車両に対する安全を確認する義務がなかったとまではいえない。したがって、被告利幸は、右方の安全を確認する義務がある。そうすると、被告利幸は、安全確認義務があるにもかかわらず、これを怠り、前方約三・三メートルの地点にいたってはじめて被害車両を発見した過失があるというべきである。

したがって、被告らの免責の主張は認められず、被告利幸は、民法七〇九条に基づき、損害賠償義務を負う。

5  また、被告和幸の責任について検討する。

被告利幸の供述によれば、被告和幸は加害車両の購入費用二七〇万円のうち一七〇万円を支出していること、この一七〇万円については、被告利幸が被告和幸に対し分割して支払う約束になっていたが、支払期日を定めていなかったこと、被告らはそれぞれ一つずつ加害車両の鍵を所持していたこと、被告和幸はほとんど加害車両を使用しなかったが、保険料や税金を負担していたこと、被告和幸は本件事故後加害車両を売却し、処分したことなどを認めることができる。

そうすると、被告和幸が加害車両を所有していたと認めることが相当である。

これに対し、被告らは、被告和幸は加害車両を所有していない旨の主張をするが、前記認定のとおり、これを認めることはできない。

したがって、被告和幸は、自賠法三条に基づき、損害賠償義務を負う。

6  また、亡久保の過失について検討する。

前記認定のとおり、亡久保は、対面信号が赤信号であるにもかかわらず、交差点を横断しているから、過失があるということができる。

7  亡久保と被告利幸の過失割合を検討すると、前記認定によれば、八〇対二〇とするのが相当である。

二  損害

1  死亡慰謝料 二六〇〇万円

亡久保は本件事故当時五一歳であったこと、亡久保には、妻と二人の子がいることを考慮すると、死亡慰謝料は二六〇〇万円が相当である。

2  逸失利益 三三九一万五八四〇円

(一) 証拠(甲二ないし四の各一と二、原告久保早苗の供述、弁論の全趣旨)によれば、亡久保は、有限会社全永紙業の代表者として一年に四二〇万円の役員報酬を得ていたこと、全永紙業は、主に段ボールの加工を目的としており、亡久保の兄が経営している有限会社ミナモトダン紙器の下請をしていたこと、繁忙期にはアルバイトなどを雇ったりもするが、亡久保が現場を担当し、妻である原告久保早苗が経理の仕事をしていたことなどを認めることができる。

これらの事実によれば、亡久保は、同人の仕事により役員報酬全額を得ていたと解することができるから、一年に四二〇万円の基礎収入があったが、本件事故によりこれを失ったと解することが相当である。

(二) そうすると、基礎年収四二〇万円から、生活費として三〇パーセントを控除し、中間利息を控除して就労可能年数一六年(ホフマン係数一一・五三六)を乗じた三三九一万五八四〇円を逸失利益と認めることが相当である。

(三) これに対し、原告らは、基礎年収について、損益計算書中の役員報酬だけではなく、給料手当、地代家賃、福利厚生費、通信費、水道光熱費、交際接待費も、実際には、全永紙業の経費ではなく、亡久保の家族の家計の支出に充てられたから、これらも亡久保の所得である旨の主張をし、確定申告書など(甲二ないし四の各一と二、七の一ないし三五、八ないし一三)を提出し、原告久保早苗は同旨の供述をする。

しかし、まず、給料手当については、前掲証拠によれば、給料手当として、妻である原告久保早苗に対し、年間九九万円を支払っていたこと、同原告は、主に経理の仕事をしていたことが認められる。そうであれば、この給料手当は経費であるから、これを所得ということはできない。なお、原告らは、仮に原告久保早苗の所得であったとしても、本件事故によりこれを得ることができなくなったから、同原告に損害が生じた旨の主張をするが、本件事故と同原告の所得の喪失との間の相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。

次に、地代家賃については、前掲証拠によれば、亡久保が二分の一の持分を共有する建物を全永紙業に賃貸して一か月一〇万円の賃料を得ていたこと(全永紙業からみると経費である。)が認められる。そうであれば、亡久保の死亡により建物の共有持分について相続による権利承継が生じるが、亡久保が本件事故により賃料収入を失ったというべきではない。

次に、福利厚生費、通信費、水道光熱費、交際接待費については、前記認定によれば、全永紙業はいわゆる同族会社であると認められるから、社会通念上、原告ら家族の家計の支出を会社の経費として処理していた可能性を否定できない。しかし、税務署長に対し会社の経費として申告していたにもかかわらず、本件訴訟において、会社の経費ではなく所得である旨の主張をすることが許されるかどうかは、信義則上疑問を感じざるを得ない。仮に、この点を措き、かつ、会社の経費の一部が実際には所得であったと認められるとしても、会社が段ボール加工の業務のため経費を支出する必要があったことは明らかであり、前掲証拠を検討すると、例えば、厚生費として社会保険料や作業着代を支出したり、交際費として元請の代表者(兄)との飲食費を支出したりしており、会社の経費の支出があったと認めることができる。そうであれば、前掲証拠だけでは、会社の経費と所得を区分することは不可能であるといわざるを得ない。

したがって、結局、役員報酬を越える所得があると認めることはできず、平均賃金を基礎収入とすべきとの原告らの主張を認めることもできない。

3  葬儀費 一二〇万円

証拠(甲五の一ないし二一、六の一ないし四、一二)によれば、葬儀費として三〇一万〇一五九円、墓石代、墓地永代借地料、仏壇代として三五四万四五〇〇円を支出したことが認められるが、本件事故と相当因果関係がある損害は、そのうち一二〇万円であると認めることが相当である。

4  墓石代、墓地永代借地料、仏壇代 〇円

前記認定のとおりである。

5  治療費 一二〇万一一一〇円

治療費として、一二〇万一一一〇円を支出したことは、争いがない。

6  文書料 三五〇〇円

弁論の全趣旨によれば、文書料として三五〇〇円を支出したと認めることが相当である。

7  入院雑費 一三〇〇円

入院雑費は、一三〇〇円が相当である。

8  傷害慰藉料 〇円

弁論の全趣旨によれば、亡久保は、平成八年四月六日午後一一時二五分ころ、本件事故により傷害を負い、同月七日午前七時五一分ころ、死亡したことが認められる。

そうすると、傷害慰謝料は死亡慰謝料に含めて考慮することが相当である。

三  過失相殺

損害額合計六二三二万一七五〇円に過失相殺(被告ら二〇パーセント)をすると、相殺後の損害額は、一二四六万四三五〇円となる。

四  損害のてん補

証拠(乙六、弁論の全趣旨)によれば、既払分は、合計三〇〇〇万五五〇〇円であると認めることができる。

したがって、すでに損害額を上回る支払がされている。

五  結論

したがって、また、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判官 齋藤清文)

別紙図面1

別紙図面2

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